戦後は、代々木錬兵場跡地にアメリカ軍の宿舎「ワシントンハイツ」が建設され、表参道沿いにはキディランドや富士鳥居といった米兵向けの店が誕生した。1964年の東京オリンピックの際には、ワシントンハイツの場所に選手村が建設され、外国文化の洗礼を受けた若者たちによって「原宿族」が出現した。
1970年代は、1972年に地下鉄・明治神宮前駅が開業、1973年のパレフランス、1978年のラフォーレ原宿のオープンや、創刊されたばかりのファッション雑誌「アンアン」や「non-no」により原宿が紹介され、アンノン族が街を闊歩、原宿はファッションの中心地として全国的な名声を手に入れた。そのなかで原宿セントラルアパート(1958年完成)にはデザイナーやカメラマンなどのクリエーター達が事務所を構え、文化を牽引した。